東日本大震災から10年!日本人の精神はあまり変わっていない

妄想屋の今日の一言
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今日は、やはり3.11話題を伝える。
あの時一体何が起きいたのか、爆発爆発。ボカーン。
当時私は世間を知らない、けつの青い高校生だった。
今はもっと退化し小学生の思考に近づきつつあるようだ。
当時を思い出すと何が起きているかわからなかった。
メルトダウンの隠蔽や時系列を調べていくうちに、矛盾に「氣」がついた。
それが5年前である。

宇宙の法則、共時性のもと不偏なく世界を見ると、「氣」がついていく。

そうやって考えると
現代も対して当時とあまり変わらないように思う。
その一つの具体例を挙げるならば、ワクワクティンティンである。
一部の人は一生懸命に呼びかけ、ワクワクティンティンmDNAの組み替えで人造人間になりそうだ。
ワクワクティンティンの情報は狭くなる一方である。
結局最後は、みんながワクワクティンティンを打ってしまい、
打っていない人を冷たい目で見て、煙たい眼に見るようになる。
それが「大衆の反逆」である。

漫画AKIRAにもしっかりと記載されている。
漫画の作者は、注射と脳の発達が写真となり見えたのであろう。

このことは、画像を押したらわかると思うが、
2020年の9月8日に今後のストーリーを書いておきました。

日本の現代も、あの時と対して変わっていないのである。
現代の情報は、忖度のみでしっかりした情報を残さないように成っている。

3.11の時も同じ手であった。これが、日本の実態である。

民間人の一部に情報を煽り様々な手段で真理の情報を知ってもらおうと
色々試行努力をし、宇宙の法則をつなげようとする人はいますが、
その人たちもまた歳をとる。
本来なら若い人たちがその人たち以上の渦となり大きな嵐を呼ぶことで解決していくのだが、
教育をカテゴライザーさせ、専門性と勝者の歴史のみを教えることで思考を一つに集中させて、
違和感をもたないようにカモフラージュをかけている。
反対に教科書に載っていないこと以外は、異端として扱い世から憚れるシステムにしつつある。
しかし、いつも落とし穴がある。よくよく見ると矛盾だらけの教科書になり小学生でもわかってしまうほどの辻褄が合わないことだらけになるのである。

情報を提供するために煽るのは人の目を引きつけるのにとてもいいが、
解決方法まで書かないと結局信用がなくなっていき、最後は朽ちて灰になる。
反対に精神レベルを下げることにも成る。

精神レベルさえあげることができたのであれば、
問題は解決したと言っても過言ではない。
結局やるのは、同じなのである。
「曇りなき眼で見定め決める」ことです。

1人ずつの感謝の氣持ちが大切です。
自分に「有難う」
家族や親しい友に「有難う」
他人に「有難う」
日本人で「有難う」

そうやってできた精神レベルは、間違いなく風向きが変わってくる。
3.11の黙祷は、先祖たちに生きていことへの感謝を伝える日になれば嬉しいです。

生かしていただいて有難う御座います。

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妄想屋
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