理性の不安

妄想屋の今日の一言

人間の理性は不安定極まりない。

意識的な愛は同じ愛を呼び起こす
感情的な愛はそれと反対の愛を呼び起こす
肉体的な愛はタイプと極性によって決まる

意識的な信仰は自由である
感情的な信仰は隷属である
機械的な信仰は愚かさである

大胆な希望は強さである
疑念を抱く希望は臆病さである
恐れを抱く希望は弱さである

明日という病

私たちは明日という病にかかっている。この瞬間を動かずにそうやって後悔に向かっている。

また無欲が貪欲を支配すると「意識的に努める者」が自分自身の精神の働きを意識的に操ることができる。

それくらいにこの明日という病は強く、そしてすぐ乗っ取られるであろう。

そして、私たちの世界で多くが憎悪・偽善・軽蔑・高慢・卑屈・ずるさ・功名心・二枚舌等々言われる不平不満愚痴泣き言に属してしまうのである。そして、これらは苦しみを増大させるのである。

そのまさにいい例が、階級というエゴリズムである。我が誰よりも自分を満たすためのシステムである。

人間にとってののあらゆる真の幸福は彼らがすでに経験したこれもまた真の不幸のみから生じることができる。

理性の不安

この間にも自分の理性はあっちへいったりこっちへいったりとしている、呼吸に集中しろと言いながら、全く違う明後日の方向へいくまるで自分の欲は全て自分を満たしてくれるかのように、あれをやりたいこれをやりたいとただわがままを言っては甘やかしそれでも満足しない何かでもっと満たしてとあれがあればこれがあればと願い続ける。

ある時からこのしがらみを話すとなんと至福のことかイメージとしては

こんな感じである。どうせ死にゆく命なら、魂ともして明日という病を今という正当なる努力を意識的に取り入れて、意識的に苦労をして、それで無欲が貪欲を支配した時、宝くじや抽選会でも当たったりする者である。

教育も専門の専門になりすぎて人類の向上を忘れている。本来そちらから入りその細部を見ていくのだが、細部のみの専門になりすぎていて、結局長続きしないのである。思いついてもとんでもない宇宙法則から外れた物を編み出してしまう。

そのためにやることは言霊を使って毎日楽しく、ついてるね、ありがとう、感謝しています、許します、愛してます、幸せ、嬉しい、等々を言っているとなぜか良い方向へ転んでいく。

本日も生かして頂いて有難う御座います☺︎

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