私たちは「神の子」神の存在とは? 一週間外部の情報をシャットアウト改めて大切なこと!ブログ再開

妄想屋の今日の一言

一週間ぶりのブログ再開です。
いつも見てくれている人は、いきなり更新がなくなり、
「どうしたのだろうか?」と思う人もいたことでしょう。
ご心配をおかけしました。申し訳ありませんでした。
今まで以上に絶好調になり、新たにパワーUPした、自分を見ていただけることでしょう。

さて、書くのを一週間やめたのには、理由があります。
一度SNSや情報をシャットダウンしました。
情報社会で生きていると、本来ある生活の「ありがたみ」を人間は忘れてしまいます。
自分を見つめ直す必要がありました。

自分を知ることは、世界を知ることにつながります。
決して無駄ではありません。

そんな中情報をシャットダウンすることで
様々なアイデアが浮かんできたのですが、今日は「神の存在」について取り上げようと思います。
あなたは、神をどのような存在だと思いますか?
人によって様々な答えがあるでしょう。

「そんなものいないよ」
「なんでも叶えてくれる」などではないでしょうか?

世間一般の神は、絶対的で何か良いイメージしかないように思います。
実際は、神話をみても、情けない神様や泣き虫の神様、心配する神様など
神様は千の顔を持つのです。

人間と大きく変わらないように思います。
私たち一人ずつが「神の子」なのです。
仏教ではよく、同行二人あなたの中に仏様がいるといいます。
仏教以外でも、自分の右胸には、愛があり根源的な神がいる、一心同体ともいいます。

今この瞬間にもコノ世で神の子として「思い出を刻んでいる最中」なのです。
このことに「氣」が付くと肉体的に制限はあるものの、精神的には自由に成っていきます。
自分自身が「神の子」と自覚すると、自信(自神)をとり戻していき、神の道に向かっていきます。
一度歯車が回り出すと、井戸の中の水の純度と水が溢れんばかりにでてきます。

この世での思い出作りは、平坦なままでは面白味がないので、
生(病)・死・老・疫病・・・・人にはいろいろな好きではないことが必ずあります。
その時はまるで「神は自分を見捨てた」と思うことも多々あるかもしれませんが、
よくよく見てみると、耐えれるだけの試練を持って思い出を創りにきています。
表面上の「自我意識」が「もう勘弁して、私悪いことしていないのに」と真剣に悩んでいるようみせかけます。

そのことも大切な思い出作りです。
日本では八百長の神々といいますように、日本には古来から多くの様相の神々がいます。
自分の耐えうるだけの自分の心配事や悩みを持ってきています。全く問題ありません。

そんな中でも、明るく、朗らかに笑顔でいると
「大日如来」「アラー」「アメノミナカヌシ」「ヤハウェ」等々
千の顔を持つ中でも生まれの「神の素」に戻ってきます。

いつかは誰もがこの世から消え去り、
清らかに、朗らかで静かに微笑んで
自分も「神の子」だから「神」に成るのです。

情報をシャットアウトすることで、少しずつ少しずつ皆で歩んでいけばいいと
思った先週でした。

このような機会を与えてださり、有難う御座います。

そして、
生かして頂いて 有難う御座います。

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